ログイン「おえ! 本田っ! 出てこんかえっ! おるんは分かっとるんやぞっ!」
* * *
枚方市にある築50年の文化住宅、「青春荘」の二階。
電話はやばいとの合意の元、健太郎と藤原は車で直接、高校時代からの悪友である本田明の家に来ていた。
「だ、騙されへんぞ……お前ら石像人間なんやろ、絶対家には入れへんぞ……む、向こうに行けっ! 僕を怒らしたら怖いぞ!」
家の中から、本田の屁たれた声が聞こえる。
「おえ本田! 俺や、健太郎や! 藤原もおる! 大丈夫や、この辺にはまだ石像はおらん。ええからここを開けいっ!」
「う、嘘や、嫌や……向こう行け!」
本田の屁たれた声が、だんだんと泣き声に変わっていく。
「おえあかんわ、こんガキほんまにびびっとる。このクソ寒い中、アホみたいに外に立たしやがってからにこのボケ……こんままやったらきりない、管理人のとこ行ってマスターキーもろてきてくれ」
「分かった。そやけど健、言うとくけどキレるなよ」
「わぁっとるわぁっとる」
「ほんだらちょっと待っとけや」
そう言って藤原が、一階の管理人室に走っていった。
「そやのぉ……この窓叩き割ったらなんとか」
そう言って、健太郎が台所の小窓に顔を寄せた。
その様子を中から見ていた本田が、手にしたトカレフを躊躇なくぶっぱなした。
ボンボンボンッ!
窓が砕け、健太郎が慌てて身を屈めた。
「くっ……こ、このガキ……」
粉々になったガラスの破片が、健太郎の頭上に降ってくる。
健太郎のこめかみがピクピクと脈打ちだした。
「おらあっ! このど腐れ屁たれ! おんどれええ加減にさらさんと、ほんまにいわしたるぞっ!」
健太郎が大声で吠えた。
近所の連中も、銃声と怒声に何事かと集まってきた。
「うりゃああああああっ!」
健太郎がドアに蹴りを入れた。
「……ったくこのエテ公が……おお藤原、来たか来たか。よっしゃ鍵よこせ。こんガキ、中入ったら殺したる」
「おい健、分かってるな、キレんなよ」
「わぁっとる……おらあっ! この石鹸顔の」
ボンボンッ!
健太郎の言葉が終わる前に、本田のトカレフが火を噴いた。
健太郎と藤原が慌てて伏せる。
見ると木製のドアに穴が開いていた。
「くっ……こ、こんガキ……」
本田は正気に戻らない。
充血した目をギラギラさせて、扉に向けて発砲を続ける。
「ひ……ひひっ……お、お前らなんか怖ないぞ……まだまだ弾はあるんや……絶対中には入れへんからな……」
ボンボンボンボンッ!
「……え、ええ加減にさらせやこのボケ……」
一発が健太郎のこめかみをかすり、破れた血管から真っ赤な血が勢いよく吹き出した。
プッシュウウウウウウウッ!
「あかん……健がキレた……」
藤原が頭を抱える。
「こ……この屁たれがああああああああああっ! うりゃあああああああああっ!」
健太郎がドアを蹴り破った。
本田は見境なくトカレフを乱射する。
銃弾飛び交う中、健太郎がゴロゴロと転がって中に入った。
「クソガキッ……!」
巨漢に似合わぬ身軽さで銃弾をかいくぐり、健太郎が本田に突進していく。
トカレフの弾が切れた。
マガジンチェンジをしようとする本田に健太郎は一気に飛びかかり、タックルをかました。
「ぐえっ……」
90キロのタックルをまともに受けた本田が、思わずうなる。
殺気を感じる本田がトカレフを健太郎の額に押し付け、そして躊躇なくトリガーをひいた。
しかしマガジンチェンジの済んでいない銃口から、弾が出る事はなかった。
健太郎がニタリとする。
「おえ本田……久しぶりの親友様に向かっておどれ、なかなかおもろい真似しくさるやないかえ……どや、これでも俺が石像に見えるか……よおぉ目ん玉見開いて見てみろや……」
ペンペンと本田の頬を叩きながら、健太郎が囁く様にそう言った。
健太郎の熱い鼻息が本田にかかる。
薬莢の散乱する部屋の中で、健太郎が本田の首を握り締め、起き上がるとそのまま持ち上げた。
「え……あ……も、もじがじで……健ぢゃん……?」
「やっと気ぃついてくれたんかえ、嬉しいのぉ……おえ本田、中々おもろい歓迎の仕方やないかえ……俺にこないな真似してお前、ただで済むとはおもてへんよな……」
こめかみからは、だくだくと血が流れている。
健太郎の妙に優しく穏やかな口調に、藤原が再び頭を抱えた。
「……おもろい真似しくさりよってからに……俺様の親友っつうだけの事はあるわい、のぉ本田……」
本田の顔面が蒼白となる。
「げ、健ぢゃん、ごめん、ごめんごめんごめんっ! 謝るがら、謝るがら堪忍じでっ!」
「ほおぉっ、ここまできての命乞いかえ……みっともない真似すんなや本田……さぁ、もっと武器持ってこいや……もっときばってかかってこいや……」
そう言って、健太郎が首を絞めていた手を離した。
本田が畳の上に落ち、首を押さえながらゴホゴホとむせる。
健太郎は素早く本田の上に馬乗りになり、顔面を殴りだした。
「おどれ……おどれっちゅうやつわああああああああっ!」
「ぶっ……ぶっ……ぶっ……」
そのリンチは、藤原が必死になって押さえ込むまで延々と続いた。
半年後。戦いは終わった。数百万の犠牲を払った大阪に、少しずつ活気が戻りつつあった。事件の真相は当然、誰にも分からない。全てを理解しているのは、藤原と涼子だけ。そして二人が、それを口外する事はなかった。* * *徘徊していた数百万にも及ぶ石像たちは皆、元の姿に戻っていた。しかし坂口の言っていた、「首謀者を倒せば、呪いが解けて皆が助かる」と言う言葉は、残酷な答えとなって返っていた。確かに元の姿に戻りはしたが、脳味噌を排出した人々が再び蘇生する事はない。市内は数百万人の死体の山、ゴーストタウンと化していた。学者たちは頭を悩ませ、連日この惨劇を巡っての議論が続いた。だが誰一人として、答えにたどり着くものはいなかった。藤原は思っていた。(呪いからは解き放たれた……魂っちゅうもんがあるんやったら、みんな、安らかな眠りについた筈や……そうや、絶対そうや……)* * *雲ひとつない透き通る青空を、ベンチに座って見つめている藤原と涼子。藤原が涼子の頭を優しく撫でた。「お兄ちゃん、屁たれにだけはなりたくないね」涼
爆発が起こった。衝撃で部屋が揺れる。「なるほど……健太郎さんにしては、なかなか格好いい最後だったようですね、ふはははははははっ!」「くっ……健っ……!」素早くマガジンチェンジを行い、藤原が雄介目掛けて発砲する。その藤原の体を、雄介の鋭い視線が容赦なく切り刻んでいく。* * *その時、爆発音に妖しい眠りから覚めた涼子の視界に、雄介と戦う藤原の姿が映った。「……お……お兄ちゃん……」涼子が体に巻かれたコードを外そうとあがく。幸いにもコードは緩く締められていて、何度か試みている内に外す事が出来た。―涼子の目に、床に転がる鉈が映った。涼子が鉈を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「ふはははははははっ! 藤原君、そろそろお別れの時ですね! 僕を裏切った事、あの世で後悔してください!」涼子が鉈を振りかざし、雄介の後ろに立った。藤原は壁にもたれかかり、諦めきった表情で両腕をだらんと下ろした。「よりによって、屁たれのクソダコに殺られるとはな……」「死ねっ!」その時だった。「やああああああああっ!」
雄介が拳を握り締め、わなわなと肩を震わせた。レースでよく見えないが、泣いている様に見えた。そしてしばらくすると天を仰ぎ、藤原への思いを断ち切る様に笑い出した。「あっはっはっはっ!」虚しい笑い声が、室内に響く。「分かりました……僕には……僕には友達なんかいなかったと言う事ですね……じゃあ僕は何ら遠慮する事なく、この力を持って世界の頂点に登ります……やはり頂点は一人なんですね……まずは健太郎さん、あなたです……あなたには最高の舞台を用意しましょう……直美さんっ!」「何……直美ちゃん、やと……」雄介の声にバスルームの扉が開き、中から直美がゆらりと姿を現した。「直美ちゃん……無事やったんかえっ!」「待て健」身を乗り出して叫ぶ健太郎を、藤原が制した。「よお見てみい、目が死んどる」「な、直美ちゃん……」「彼女はもう、僕の忠実な下僕です。彼女の能力は素晴らしい物です。石像にしてしまうには余りにも惜しい、そう思いましてね。彼女にはその姿のまま、僕の番犬になってもらったんです。さあ直美さん! まずは健太郎さんを殺して下さい!」その声に、直美の肩がピクリと動いた。&nbs
10分後。「ええ加減にさらさんかえこのボケッ!」健太郎が藤原の後頭部を張り倒した。「ごっ……!」衝撃で目から火を出した藤原が、思わずうなる。そして静かに、大きく深呼吸すると手を挙げ、二人に言った。「すまん、ちょっとタイムや……」ポケットから煙草を取り出し、くわえて火をつける。「ふううううぅっ……」白い息を吐き、眉間に皺を寄せ、天を仰ぐ。「……よし、もう大丈夫や……いわちゃき、いや、岩崎雄介やな、分かった……」煙草を床に捨て、踏み消した。「……そやけど、岩崎雄介……そんなやつ、俺知らんぞ。訳の分からん事ぬかしやがって……それも人の事、馴れ馴れしぃ呼びくさって」「正気に戻ったかえ。そやけどちょっと待てや、その話は後や。おえ屁たれ! 先に俺が質問するっ! お前がどないして、そんな訳の分からん能力を得たんか、まずはそっからや! さあ、答えたらんかえっ!」健太郎が雄介にショットガンを向けて吠えた。健太郎の問いに、思考が停止していた雄介もようやく我に帰った。「……い、いいでしょう&
銃を構えた藤原が、部屋に足を踏み入れたその時だった。「藤原、目えつむれっ! やっぱしやつはゴーゴンの力を持っとった! 顔見たら石にされてまうぞっ!」健太郎が大声で叫んだ。「……分かった」藤原が静かにうなずき目をつむり、安眠マスクをしようとした。その時だった。「藤原君! 心配しなくていいよ! 君に危害を加える様な事は絶対にしない! する訳ないじゃない! さあ、目を開けて!」雄介の狂喜する声が響いた。「何を! 騙されるかえっ!」「……大丈夫、僕は顔にレースをかけます。そうすれば石になる事はありません。健太郎さんも大丈夫ですよ、マスクを取ってください」藤原が恐る恐る、ゆっくりと目を開けた。すると雄介の言う通り、彼は顔に黒いレースをかけていた。頭にはシュルシュルと蛇が動いているのが見える。「おい健、大丈夫や。お前も目ぇ開けろ」藤原の声に、健太郎も安眠マスクをゆっくり外した。「……」藤原には、所狭しと張られている自分の写真、散乱しているコードや倒れている涼子の姿は見えなかった。彼の目に映ったもの。それはその場に転がっている、坂口の無残な生首だった。「坂口さんも……やられたんか……」「お
13階でドアが開いた。ショットガンを突き出しながら、健太郎が素早く左右に目を這わせた。坂口は十字架を天高く掲げ、健太郎に続く。その時、またあの声が聞こえてきた。「心配ありませんよ……ここに石像はいません……いるのは僕だけです……」「くっ……こんガキ、とことん挑発してけつかる……まあええ、行ったろやないかえっ!」健太郎が吠え、大股で藤原の部屋に向かった。声の主の言う通り、石像に遭遇する事無く、二人は藤原の部屋の前に立った。健太郎と坂口が顔を見合わせ、互いにうなずく。その時、玄関のドアが静かに開いた。「坂口さん、行きまっせ!」「分かった!」二人が同時に足を踏み入れる。「な……」健太郎が我が目を疑う。そこは既に、健太郎が知る藤原の家ではなくなっていた。バスルーム以外の壁が全てなくなっており、3LDKの部屋が大きな一室になっていた。そして至る所に、藤原の写真が所狭しと貼られていた。「な……なんじゃこの部屋は……藤原、藤原だらけやないか……あいつ、こないナルシストやったんかいな&hellip